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「塔」は「卒塔婆」の略ではない

・「塔」と言えば普通、高くて細長い建造物のこと。e.g. エッフェル塔五重塔

・しかし、意外にも「塔」はもともと仏教用語

・「塔」には、サンスクリットstūpaや、パーリ語thūpaと語源的な繋がりがある。

 

・ちなみに、stūpaは、語根√stūpに名詞形成接辞-aが付いて派生した語。

c.f. Sanskrit Dictionary for Spoken Sanskrit 

・この語は、印欧祖語の*(s)tewp- に遡れる?

c.f. *sewh₁ -> sū「動かす」  Reconstruction:Proto-Indo-European/(s)tewp- - Wiktionary 

・原義は、「積み上がったもの」 cf. √jīv「生きる」jīva「生命」

・そこから転じて、仏舎利 (ないしその代用物) を納めた建造物の名称に*1

 

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ストゥーパの例。徳島県徳島市眉山公園内にある「パゴダ平和記念堂」。筆者撮影。

 

・仏教がインドから中央アジアを経由して中国へ伝わった後、stūpa卒塔婆」「窣都婆」「窣堵坡」「窣堵波などと音訳された (窣堵坡 - 维基百科,自由的百科全书)。

・特に「卒塔婆」は、日本で意味が転じ、墓の傍に立てる細長い板の名称にも*2

・そして、多くの辞書・辞典が、「塔」の由来を、卒塔婆」の"略称"としている。

    (『デジタル大辞泉』『日本国語大辞典』『新選漢和辞典Web版』『仏教語大辞典』等)

・だが、この語は「卒塔婆」の略称ではないのでは?

 

「塔」の由来を、「卒塔婆」の省略形と見做すべきでない根拠は次の3つ。

・「塔」の読み方

・『説文解字』における「塔」

・漢訳経典における「卒塔婆」の使用頻度

 

①「塔」の読み方

・この字の読みは、現代標準中国語 (所謂マンダリン) ではtǎ、日本語では「とう」。

←一見、stūpaとはかけ離れている。

・しかし、より古い発音を残す広東語ではtaap3韓国語では탑(thap)

・日本語でも、かつてはtapuと読まれた (歴史的仮名遣い「たふ」)。

※ハ行子音の音価がもともと[p]だったのは、広東語・韓国語との対照や、琉球諸語との比較より明らか。

→実際、隋-宋代の韻書・韻図などを基に再建された中古音では、「塔」はtʰɑp

→また、『詩経』(周代)の韻や、漢字の音符などを基に再建される上古音では、*tʰuːb

c.f. 塔 - Wiktionary

 

・なお、仏教が中国に伝わったのは後漢・明帝の治世(1世紀後半)とされる。

・同時期に、ストゥーパも中国に伝わったと考えられる。

・最古の漢訳経典とされる『四十二章経』(1c後半?)の序文には、「帝...登起立塔寺」とある。

c.f.『大正新脩大藏經』第17巻 https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/

・ところで、仏典の漢訳に携わった訳経僧にはインド・中央アジア出身者も多かった。

※『四十二章経』の訳者と伝わるのは、インド中部出身の迦叶摩騰と竺法蘭

・彼らは、仏典の言語であるパーリ語サンスクリットには当然通じていたはず。

『四十二章経』の内容は、パーリ語仏典の『阿含経』や『法句経』などに基づいている”らしい” (未検証)。

最初期の訳経僧はパーリ語thūpaにそのまま「塔*tʰuːb」の字を当てた?

buddha「佛」nibbāna「涅槃」など、『四十二章経』でも使用される漢訳語は、語末のaが落ちる強い傾向。

・ちなみに、語末のaの弱化・脱落は、ヒンドゥスターニー語をはじめとする現代のインド語群でも起こる。

・漢訳語におけるaの脱落は、訳経僧の母語を反映している可能性も。

・いずれにせよ、「塔」の語源は、パーリ語のthūpaだけで十分説明できる。

→わざわざ「卒塔婆」の略称と考える必要はない。

 

② 『説文解字』(2世紀前半)にも収録された「塔」

・「塔:西域浮屠也。从土荅聲。」(中國哲學書電子化計劃字典)

大意:「塔」は西域に由来する「浮屠」のことで、義符は「土」・音符は「荅」。

・「浮屠」はbuddhaの音写のはずだが、ここでは当然、ストゥーパを指す。

・実際、「浮屠」にはストゥーパの意味もある。

「宣忠寺...門有三層浮屠一所...」(『洛陽伽藍記』、5世紀、『大正新脩大藏經』第51巻 )

・では、仏陀ストゥーパという意味変化が生じたのは何故か?

→多分、「雷門」で浅草寺全体を指せるのと同じノリで、仏舎利の入った建物を「仏陀」と呼んでたから。

(「シネクドキー」の一種、ただし実際にそのような事実があったかは不明) 

 

・『説文解字』は仏教が中国に伝来したばかりの時期に成立。

・その『説文解字』には、「塔」への言及はあっても「卒塔婆」への言及はない。

→本当に「卒塔婆」の略称なら、そのことが『説文解字』に言及されててもいいはず。

 

③「卒塔婆」の使用頻度

https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/の検索機能を利用。

卒塔婆」のヒット数・・・わずか1件。

・しかもその1件は、日本の学僧・杲宝(14世紀)が著した『大日經教主本地加持分別』の一節。

・一方、「窣堵波」は589件、「窣都婆」は21件ヒット。

・漢文の仏典の集成である「大蔵経」の中に「卒塔婆」がこれだけしか現れない。

→やはり「塔」が「卒塔婆」の訳とは考えにくい。

 

まとめ

・「塔」も「卒塔婆」もサンスクリット stūpaと語源的な繋がりがあるが、前者が後者の略称に由来するとは考えにくい。

 

いかがでしたか?

*1:釈尊の死後、その遺骨は細かく分けられ、インドやその周辺地域に分配された。この仏舎利を納めた建造物が「ストゥーパ」。

*2:この「卒塔婆」は勿論、もともとストゥーパを模したもの。